賛否両論の高校サッカー「ロングスロー」元スローワー記者が読み解く「えいやっ」ではない緻密さ

スポーツ報知
ロングスローを入れる青森山田・内田

 まず前提として、ロングスローが「あり」か「なし」かという論題は破綻している。ルールで認められているのだから「あり」の一択だ。

 しかし「好き」か「嫌い」かという論題だと、意見が大きく分かれるのではないだろうか。

 かつて推定飛距離40メートルのロングスローワーとして(一部地域で)ならし、(たまたま風にも乗って)GKの頭上を越えて直接ゴールイン(間接扱いのため無念のノーゴール)の経験がある私は、当然「好き派」。だが「嫌い派」の考えも、十分に理解できる。

 しかし今回の賛否両論渦巻く「ロングスロー論争」を傍観していると、今ひとつロングスローそのものへの理解が浸透していないように感じる。投げ手目線でのロングスローの実情と魅力、苦労をまとめたい。

 ■2種類の球種と2つのターゲット

 ロングスローは緻密な計算のもとに成り立つ。少なくとも、選手権のような舞台で繰り出されるものは、一か八かの「えいやっ」「どん」では決してない。

 大きく分けて、球種は「フワリ」と「ライナー」の2種類。ペナ内上空で“頭1つ抜ける”状況が作り出せる場合は「フワリ」が効果的だ。ターゲットが厳しいマークを受けていても、点で合わせやすい。一方、「ライナー」はボールに勢いがあるため、セカンドボールの混沌度が増す。伸びる軌道は空間認知が難しく、GKが出にくいという利点もある。

 ターゲットも大きく分けて2パターン。ニアの反らし役(一般的にチームで1番競り合いの強い選手)の頭をめがけてその後の混戦状態を作り出すか、ニアを囮に、中で直接合わせる形を狙うか。この4つの基本選択肢をベースに、中の連動でいくつかのパターンが派生される。

 ■サイン

 野球ほど複雑ではないが、サッカーのセットプレーにも「サイン」が存在する。キッカーが両手を挙げたら△△、腰に手を置いたら□□、ソックスを上げたら××…。

 今大会でロングスローを武器としたチームのうち、私が記者席から確認できた2校は、ペナ内の選手の1人がスローワーにサインを出していた。昨今のトレンドなのかもしれない。偶然や成り行き頼みの一面もあるが、それはCKやFKも同じこと。ゴールという最終目標のため、投げ手も受け手も頭をひねっている。

 ■汗、雨、乾燥、風、そして腰痛

 戦術が緻密であればあるほど、スローワーの力量も問われる。「両手で投げるからキックより正確」という考えは安直だ。飛距離を意識するとコントロールが難しくなるのは手も足も同じ。そして、手は足と違い、滑る。

 汗や雨はもちろん、乾燥もダメ。ボールの空気圧や風向きも計算する。私は手袋をつけると飛距離が伸びないタイプだったが、かといって冬は素手だと手がかじかんで感覚が狂う。非常に難しい。

 そして、個人差があると思われるので極私的主張としてとどめたいが、とにかく腰が痛い。一般のサッカー選手が使わない筋肉を働かせ、全身を使って投げるため、1試合で7、8球ほどが限度だった。投げすぎると腰痛や握力低下で試合終盤に飛距離も精度も落ちる。夜は腰の痛みで横を向かないと寝られない。今大会では、大事な前後半の立ち上がりと終盤のみ“稼働”するスローワーもいた。その気持ち、すごくわかります。

*  *  *

 ロングスローは日本の高校サッカー独特の文化とも言える。プロに参考例が少ない。その中でここまでの“凶器”へと進化し、賛否両論を巻き起こしているのだから、その分析と努力には敬意を表されて然るべきだと思う。

 今年度の全国高校サッカー選手権も、残すは11日の決勝・青森山田―山梨学院の1試合。両チームにロングスローワーがいる。その飛距離と放物線の裏に隠された緻密さを感じ取り、お楽しみ頂ければ。(記者コラム・岡島 智哉)

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